ごまおはぎの世界

まったり好きなものについて語りたいと思います。

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志村會に行ってきました。

私が世界で一番好きなミュージシャン、志村正彦さんのお別れ会、志村會に行ってきました。


行けなかった方のためにも、私自身の記録のためにも、レポを書きたいと思っていたんですが、今はうまく書けるか自信がありません。

でも、わたしなりに、書かせていただこうと思います。





21日は午前5時前に目覚めました。
前日、三男坊を寝かしつけていたら一緒に寝てしまうという大失態を犯してしまったので、シャワーに入り、身だしなみを整えて、昨夜書くはずだった志村さんへの手紙を書きます。
下書きがだいたいできたところで7時。
子どもたちを起こして朝ごはんを食べさせ、送りだして8時。
手紙の清書に思いのほか手間取り、出かけたのは10時でした。


20日から全国的に暖かくて、21日も予報では最高気温18度という、1月半ば過ぎとは思えないポカポカ陽気の中、志村會昼の部へ向かいます。

三男坊は電車が好きなので、1時間ほどの電車旅行も、最後は少しぐずったものの無事終了。
新宿に到着します。
私はお花を新宿駅の京王線側のお花屋さんに予約していたので、そこでお花を受け取ります。

お花は、写真を撮るのを忘れてしまいましたが、桜のつぼみと淡いオレンジのお花と小さめのユリのような白いお花と、ちっちゃい白いお花がたくさんついてるお花でした。
なんて名前のお花なのかお花屋さんに聞きたかったんですが、時間がなかったのですぐにお店を出ました。

JR中央線へ向かうための改札はすぐ近くにあって、そこをくぐると下り階段しかありません。
なんとかベビーカーを持って階段を下り、しばらく行くと今度はけっこうな上り階段。
花束が思っていたより大きくてかさばるので、ベビーカーを持ちずらくて困っていると、パーマヘアーの若いお兄ちゃんが「良かったらお手伝いしましょうか?」と声をかけてくれました。
喜んでお願いすると、三男坊が乗っているベビーカーを持って軽やかにお兄ちゃんは階段を上って行きます。
上についてお礼を言うと、「良かったら暇なんでホームまで行きますよ」と言ってくれて、中央線のホームまでの階段も三男坊ごとベビーカーを持って行ってくれました!!
都会にもいい人はいるんだなあと、本当に感激しました。

というわけで、親切なお兄ちゃんのおかげで無事に中央線に乗って、中野駅に着きました。
中野駅に着くと花束を持った若い女の子がたくさんいます。
とうとうついてしまった…と思い、自然に足取りが重くなるんですが、中野サンプラザはすぐ近くにあるので、あっという間についてしまいました。

時間は11時43分くらい。サンプラザの前の広場には開場を待つ列ができていて、広場が半分ほど埋まっていました。
私は最後尾と書かれたプラカードのところにベビーカーを押して並びます。
「抱っこ」という三男坊を抱っこして、周りの様子をうかがうと、やっぱり普通の服の人ばかりでした。
神妙な顔をしている人も中にはいましたが、けっこう一緒に来た友人と談笑していたりして、もっと湿っぽいムードなのかな、と思っていた私は少し意外に思いました。
私も、後ろにいた二人連れの女の子に「お子さんかわいいですね」と話しかけてもらって、少しだけお話したりしました。三男坊はクマのちっちゃい人形を持っていたんですが、三回くらい(わざと)落して、その女の子達や、別の方に拾ってもらいました。
本当に、この日は出会う人出会う人みんな優しくて、感激でした。

サンプラザの前の広場にある素敵な太陽の時計を見ると、どんどん時間が過ぎて行きます。
さっきは15分前だったのに、もう10分前。そして5分前。
1分前になるとその時計の文字盤が裏返り、からくり人形が現れて音楽を奏でます。
音楽が終わったら、もう12時を1分ほどすぎてました。

ちょっとして、列が動き始めます。
そのころにはもう広場の大半が並ぶ人で埋まっていました。
列の動きは早くて、あっという間に中野サンプラザの入り口まで着きました。
中に入るとすぐに上り階段があるので、入口のお兄さんにベビーカーを階段横に置いておいてはいけませんか?と尋ねます。ベビーカーを持ってきた人が私が最初だったらしく、お兄さんは戸惑っていましたが、貴重品もないので見てていただかなくてもかまわないので、と重ねて言うと「わかりました」と言ってくれて、預かってもらえました。

階段を登りきると横にいたお姉さんに志村さんへのメッセージカードを渡されます。
少し進むとダンス2000が小さく聴こえてきました。
横にあるテーブルに「筆記用具持っていない方はどうぞ」みたいなことが書いてある箱がありましたが、中に入っていたであろうペンは空でした。
また少し進むと曲は虹に変わりました。
そして階段を下りて、ホールの入口につくと、曲がはっきり聞こえてきます。
誘導に従って進み、客席に案内されます。私は三男を抱いていたので、端の席へ案内してもらえました。

ステージをみると、大きな志村さんの写真…右手をポケットに入れて、左手はかぶった帽子を持って、白いシャツにグレーのジャケットの、志村さんでした…の下にお花の山があります。
お花の山の前には7本のギターがあって、その間にアンプが置いてありました。
ステージの左右の端にはギターケースが二つずつ開いた状態であります。
お花の山は青色で、上の方が薄い水色で、青色の部分にピンクと赤のお花(造花?)で作ったギターがあります。

なんとはなしにその情景を見ていて、青色と薄い水色のお花を見ていて…やっと気がつきました。
富士山だ!!お花の山は、まさしく山、富士山でした。
それに気づいた時、志村さんは富士山に、大好きだった富士吉田に還ったんだなあって思って、ぶわっと泣けてきて、そこからは涙は止まることはありませんでした。

周囲も、外の和やかな雰囲気とは一変して、あちこちからすすり泣きが聞こえます。

しばらく放心していましたが、通路を係員の方が通ったので、ペンをもらい、メッセージを書くことにします。
偉い三男君は会場に入ってしばらくして寝てしまったので、抱っこしなおしてメッセージを書こうとしますが、花束と三男坊を持ってだとどうにも書きにくい。
花束を床に置こうか迷っていると隣のお姉さんが「花束、持ちましょうか?」と助けてくれました。
本当に、優しい方ばかりです。
メッセージを書いている途中にアナウンスが入り、「志村會、昼の部にお越しいただきありがとうございます。まずはじめにフジファブリックメンバーから献花をさせていただきます」というようなことを言ったので、あわててステージを見ます。

向かって右側の端からダイちゃん、加藤さん、総君の順にステージ前に現れ、ステージに頭を下げ、献花し、振り返り、客席に向かって頭を下げ、左側へと去って行きました。

ダイちゃんは少しやつれたように感じました。
加藤さんはいつも通りだったかな。
総君は、うつむき加減で、あまり表情が見えませんでした。

それから、一般のみんなの献花が始まりました。
献花が始まる前は銀河とかもかかっていたんですが、献花が始まってからはセレナーデ、笑ってサヨナラ、花、陽炎、ムーンライト、と泣けてくる歌が多くてまた泣けてきました。(ロマネとTEENAGERもかかったけれど、献花始まってからかどうか忘れてしまいました)

でも、セレナーデには心の中で反論していました。
消えても元通りになんてならないよ。
志村さんがいなくなってしまっても、私は志村さんを知らなかったころになんて戻らない。
志村さんからたくさんのものをもらったから。

そうこうしているうちに、いよいよ私たちの列も立ち上がって献花の列に並ぶ時が来ました。
でも三男君が寝ているので、私は花束と三男君をかかえて並ぼうと思っていました。
そうしたら、今度はメッセージを書くときに花束を持ってくれた方とは別の通路挟んで隣の方が花束を持ってくれました。
本当に、人に助けられるのは何度目だろうと思って、あたたかい方ばかりで、ありがたかったです。
三男は抱えなおしたときに起きてしまいましたが、その方はステージ直前まで花束を持っていてくれました。

列はどんどん進んでいきます。
「志村ありがとう!」と志村さんに叫ぶ人。コーラを供える人。帽子を供える人。声をあげて泣く人。

関係者席には志村さんのご家族だと思われる方々もいらっしゃってて、ご両親がどの方かはわからなかったんですが、お姉さんと妹さんと思われる女性は目がパッチリとしていて、志村さんのご姉妹だなあという感じがしました。
皆さん、前を通る参列者が頭を下げる度に丁寧にお辞儀して下さってました。

ご親族の前を通るといよいよステージが近づいてきます。

私は、ステージが近づくほどに頭が真っ白になってしまって、なんだか白昼夢でも見ているようになってしまいました。
なんとかギターケースの中に持ってきた手紙とメッセージカードを入れます。
誰かが置いて行ったフジの皆のイラストが目に入りました。
それから少し進んで、ステージの上に花をのせます。
手を合わせて、志村さんに何か伝えようと思うんだけど、苦しくなってしまって、心の中で「志村さん、やすらかに」って思って、それがせいいっぱいで、そこから離れてしまいました。

振り返って、志村さんの写真を見上げて、そして出口へ向かいました。
ホールの出口を出るとおみやげです、と白い封筒といつものライブチケットのような志村會のチケットをもらいました。
階段を上っていると、三男君が「終わったね」と言いました。
「終わっちゃったね」と返事したら、本当に終わっちゃったんだ、志村さんとお別れなんだ、と思ってどうしようもなくなって「終わっちゃったよ~」と三男君を抱きしめて泣きました。

階段を上ると、人だかりができていて皆写真撮っていたので、何だろうと思ったら今にもライブが始まりそうにマイクやアンプやギターがセッティングされていて、セットリストも床に貼ってあって、飲み物とかもおいてあるスペースがありました。
私も並んで写真を撮りました。

そして、今度こそ帰らなくちゃと体を引きずるような思いで歩いていると、男の人に声をかけられました。
何かと思ったら「フジテレビCSのものなんですが志村正彦さんへのメッセージをカメラに向かって言っていただけないでしょうか」と言われました。
私はテレビを見ている人に志村さんの素敵さを伝えられたらいいな、と思ってなんとか何か言おうと思ったんですが、カメラを志村さんだなんて思えないし、小さな声で「ずっと聴き続けます」って言ったら泣いてしまって、結局ろくなこと言えずに終わってしまいました。ふがいないです。

それから階段を下りようとすると係の女性に声をかけられ、階段の下にあると思っていたベビーカーは上に移動してくれていたので、その場で受け取って、係の方に下まで運んでもらいました。
下まで降りると、何台かのベビーカーが置いてあって、子守をしているおばあちゃんや、元気に走り回ってる子供もいて、やっぱり子連れの人も結構来てるんだな、と思いました。

サンプラザの入口を出ると、まだサンプラザ前の広場に列ができていました。

私は、すぐに帰れば次男の体操教室に間に合ったんですが、どうしても志村さんのバイト先だったという早稲田通りのセブンイレブンに行ってみたくなって、駅とは反対側に向かいました。
サンプラザの横にもセブンイレブンがあったんですが、早稲田通りにあるという情報を信じて、早稲田通りまで歩いて行くとセブンイレブンを発見。
多分これだろうと信じて、チョット贅沢おむすびの紅鮭を購入。
どうしてかと言えば、実は私のメールがネトネトで一回だけ読まれて、それが20代真剣だべり場というコーナーで、私は「好きなおにぎりの具」というお題を出したんです。
その時の志村さんの答えが「コンビニの立派な方の鮭おにぎり」というもので、だから、私は絶対にこのコンビニで立派な鮭おにぎりを買いたかったのです。

無事に目的を果たし、またサンプラザに戻ります。
時間は1時50分くらい。そのころにはサンプラザの前には列はできていませんでした。

後ろ髪を引かれるような思いだったけれど、まだ急げば遅刻にはなるけど体操教室に行けるかもしれないので、駅に向かいました。
駅への道すがらも、たくさんの花束を抱えている人とすれ違いました。




以上が、私にとっての志村會でした。
たくさんの人に助けられて、無事に志村さんに手紙とお花を届けることができました。
本当に、ありがたかったです。

志村會に行ったからと言って、区切りになったかと言うとそうでもなくて、でも、こういう一つ一つを積み重ねて、受け入れて行くんだなと思っています。

今はJ-WAVEのラジオを聴いています。
もうすぐ志村さんの追悼特集が始まります。

7月が来るのが怖いかもしれない。
今はまだラジオでもこうやって特集とかあるけれども。
その先に何もなくなってしまうのが怖いです。


でもやっぱり前を向かなきゃ。
志村さんにも約束したんだった。
「あの人が好きならフジファブリック、聴いてみようかなって思ってもらえるような素敵な人になります」って、志村さんへの手紙に書いたんです。

だから、頑張ります。
ここまで読んでくれた方、本当にありがとう。
がんばろうね。









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  1. 2010/01/23(土) 02:41:38|
  2. フジファブリック
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:4
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コメント

私も志村會行きました

 どうもはじめまして。
私はフジファブリック聴くようになって、九ヶ月くらいの大変ぬるいファンです。
しかもライブも一回も行ってないんですけど、それでも志村さんに挨拶できる最後の機会だと思って会場に足を運ばせて戴きました。

サンプラザに着いたのが19:30くらいだったんですが、人がもういっぱいで。
というか、道行く人の半分くらいが花を持っている状態で、こんなにファンに愛されている人だったんだと、実感しました。

後、私が印象に残ったのは、志村さんの親御さんたちですね。
志村さん、どう見ても育ちのいい、正直なんでこんな人がミュージシャンになったんだろうってくらい、ちゃんとした家庭に育った人に見えるんです。
その一人息子が、「東京にいって、ミュージシャンになる」なんて言い出したら、当然反対したでしょう。でも、息子のやりたいことだからと受け入れて、内心、不安に思ったりしながらも応援して、そろそろ安心して見ていられるかな?なんて矢先のことだったと思うんですよ。

訃報からまだ一ヶ月もたってないのに、自分の息子のファンのため、わざわざ足を運んでくださって、感謝の気持ちを一人一人に伝えたいと思ったのでしょうか。

正直、立派すぎて声が出なかったです。
献花する前、親御さんに一言ご挨拶をしようと思ったのですが、一礼するのが精一杯でした。

帰りの電車の中で、親御さんの気持ちを考えると、遣り切れないような気持ちになりました。
私は志村さんの音楽に救われている部分があるのに、矛盾していますが、ミュージシャンなんて体に悪い商売やめちゃって、親御さんのために長生きして欲しかったと、今は考えてます。
  1. 2010/01/23(土) 05:15:28 |
  2. URL |
  3. おはつです #moZzu5mM
  4. [ 編集 ]

Re: 私も志村會行きました

おはつですさん、いらっしゃいませ。
コメントありがとうございます。うれしいです。

> 私はフジファブリック聴くようになって、九ヶ月くらいの大変ぬるいファンです。

私もちゃんと聴きはじめて1年ちょいとかの新参者ですので、気にしないでくださいね。

> 後、私が印象に残ったのは、志村さんの親御さんたちですね。
> 訃報からまだ一ヶ月もたってないのに、自分の息子のファンのため、わざわざ足を運んでくださって、感謝の気持ちを一人一人に伝えたいと思ったのでしょうか。

私はご両親がどの方かはわからなかったんですが、本当に、ご両親のことを思うと涙が止まらないですね。
私も志村さんはとても素敵な家庭に育ったんだろうなあといつも思っているのですが、ご両親の…特に私自身3人の息子の母親なので…お母様の悲しみを思うと、胸がつぶれそうです。

これは推測にすぎないのですが、ご家族が志村會にいらしてくださったのは、感謝の気持ちを伝えたいというのももちろんあると思いますが、志村さんがどれだけ愛されているのか、この目で見たかったのかな、と思います。
志村さんをミュージシャンにさせなければ、こんなにも早く亡くなることはなかったのかもしれない、という気持ちはご両親にもあったかもしれません。
でも、その気持ちは、1万5千人の参列者と、全国から届いたお花と、そういうもので、志村さんがどんなにファンに愛されていたかをご自分の目で目の当たりにして知ることによって、少しだけでも癒されたんじゃないかと思います。

>私は志村さんの音楽に救われている部分があるのに、矛盾していますが、ミュージシャンなんて体に悪い商売やめちゃって、親御さんのために長生きして欲しかったと、今は考えてます。

そうですね。
私も、以前から、ミュージシャンが身を削るようにして生み出してくれた楽曲を楽しむことは、ミュージシャンの苦悩の結晶を楽しんででいるようで、とても罪深いのではないかと思ったりしています。(私の好きなミュージシャンは志村さんもサカナの山口さんも自分の寝食より音楽を取ってしまうようなストイックな方ばかりなので)

でも、やっぱり、彼らが音楽を創ることは彼らが生きるということなんだと思います。
志村さんは、音楽を創る人だったんだと思います。
だって、彼が残してくれた楽曲は、あまりにも素晴らしい。
だから、私は彼らの苦悩を知った上で、彼らが作ってくれた楽曲を聴けることを感謝するしかできないのだと思います。

それに、普通のサラリーマンになったからと言って、長生きするとは限らないのです。
私は、今年の年明けに高校の先輩を志村さんと同じ29歳で亡くしました。(早生まれの方なので)
先輩は、結婚して、子どももいて、普通に働いていました。
病気だなんて話、一度も聞いたことありませんでした。
でも、1月3日の朝、寝ていたところを突然苦しみだして、奥さんが救急車を呼ぶ間もなく帰らぬ人になったそうです。心不全とのことでした。

私はこのことを知った時、人は突然死んでしまうこともあるんだと、理解しました。
だから、志村さんの死も、(何もわからないけれど)そういうことなのかな、と思いました。

志村さんはミュージシャンになったから心身ともにボロボロになってこんなにも早く死んでしまったのかもしれない。
でも、違うかもしれない。

だから、私は志村さんに感謝しつつ、フジファブリックの曲をこれからも聴いて行きたいと思います。

長文で、とりとめなくてすみません。
また良ければ、いらしてくださいね。











  1. 2010/01/23(土) 14:11:03 |
  2. URL |
  3. ごまおはぎ #-
  4. [ 編集 ]

お疲れ様でした!

レポありがとうございます、リアルに伝わってきました。
行けなかったけど、充分です☆本当にありがとうございます!
なんでフジファブリックのファンの人って、こんなに温かいのでしょうね。
志村さんの人柄、作る曲を好んで聴く人は、優しい人が多いのかなぁ…

私も、ごまおはぎさんのメール読まれた数日後、コンビニ行ったとき、
紙の袋に入ったちょっと高級な「鮭おにぎり」食べました。
あ~これが志村さんは好きなのかぁ♪ってニヤニヤしながら食べました。
その話してるときの志村さん、かわいかったなぁ!「あのねぇ、俺はねぇ~」って。
女の子みたいな喋り方も好きでした。姉妹の影響かな?

私も志村さんに感謝してこれから生きていきます。
志村さんが身を削って生み出した数々の名曲を聴き続けます。
ごまおはぎさん、がんばりましょうね(^^)また来ます☆
  1. 2010/01/24(日) 18:27:04 |
  2. URL |
  3. マッピー #-
  4. [ 編集 ]

Re: お疲れ様でした!

マッピーさんいらっしゃいませ☆
返信とても遅くなってしまってごめんなさい(>_<)

> レポありがとうございます、リアルに伝わってきました。
> 行けなかったけど、充分です☆本当にありがとうございます!

そう言っていただけて、本当に良かったです!

> なんでフジファブリックのファンの人って、こんなに温かいのでしょうね。
> 志村さんの人柄、作る曲を好んで聴く人は、優しい人が多いのかなぁ…

本当に、私も今まで直接出会ったフジファンはみんないい方ばかりです…。
志村さんのちょっと変態な部分も受け入れられるから寛容な人が多いのかもしれないですね(笑)

> 私も、ごまおはぎさんのメール読まれた数日後、コンビニ行ったとき、
> 紙の袋に入ったちょっと高級な「鮭おにぎり」食べました。
> あ~これが志村さんは好きなのかぁ♪ってニヤニヤしながら食べました。
> その話してるときの志村さん、かわいかったなぁ!「あのねぇ、俺はねぇ~」って。
> 女の子みたいな喋り方も好きでした。姉妹の影響かな?

私も志村さんの話し方、好きでした。
優しい話し方で、ほんと、育ちのよさがにじみ出ているというか…。
かと思えば、総君のボケとか冷たく無視したりして、でもわざとというより天然で気づいてない、みたいな…。(ダイちゃんの場合はわざともアリだけど)
あー、なんか話し出すと長くなるのでこの辺でやめます汗

> 私も志村さんに感謝してこれから生きていきます。
> 志村さんが身を削って生み出した数々の名曲を聴き続けます。
> ごまおはぎさん、がんばりましょうね(^^)また来ます☆

がんばりましょうね。
私も伺います!!
  1. 2010/01/27(水) 11:58:05 |
  2. URL |
  3. ごまおはぎ #-
  4. [ 編集 ]

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え!!こっ・・・こんなにかわいいwww

オリジナル・アレンジフラワー販売^^v
  1. 2010/01/23(土) 13:40:05 |
  2. 花ギフト館のブログ

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プロフィール

ごまおはぎ

Author:ごまおはぎ
6月より台北で生活している北海道出身者です。

年はサカナクションの一郎さんとおんなじです。
松坂世代とも言います。
同い年にあんなすごい人がいるんだから、がんばらなきゃーと思っています。

私生活忙しかったので5年くらい音楽聴かない期間を経て、2008年からまたライブ通いを始めました。

あまり詳しくないので、お薦めとか教えてくれると喜びます。


フジファブリックの志村さんが誰よりも愛しいミュージシャンです。
ずっと、聴き続けます。

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